『ホクロ。』
と答えた。
ああ、そうか。でもなんでそんなに嬉しそうなの?何が楽しいの??と続けて聞くと、彼は更に声を弾ませた。
『僕は人の顔や名前を覚えるのがとても苦手でね。でも、君と初めて会ったときこのホクロはすぐに覚えたんだよね。ここにホクロのある人のこと、記憶に残ってた。2回目、3回目と会うたびにホクロの位置を確認して、ああ、あの時の人だと思った。貴方にまた会えたなと思っていた。今はもう貴方の顔も名前もきちんと覚えているけれど、僕はこのホクロがいつも懐かしい。貴方が貴方であることを確認するための識別コードみたいなもので、このホクロを見ると安心する。本物の貴方がここに居る、また会えたと思ったことばかり思い出す。』
彼は嬉しそうに、ホクロを指で撫でたりしていた。
私は、突然涙が溢れ出てしまった。
彼は飛び上がるように驚いて『ごめんなさい、失礼だったろうか。嫌だった?』と謝っている、誤解を解くために話さなくてはならなかった。
ホクロのできた日の話。
私が幼稚園の年中だった頃だから4歳頃、夕方園に迎えに来た母が私の顔の口元あたりを突然指でこすった。しばらくしてハンカチを取りだし、私の顔の同じ場所をごしごし強めに吹拭き始めた。痛い、ヤメテ!といっても辞めない。
「何この汚れ、落ちないわ。」
それがホクロの出来た日だった。生まれたてのホクロは汚れと間違われた。それがホクロだと理解した母は、私の目の前でガッカリとした顔を隠さなかった。
「顔にホクロが出来るなんて!朝まで何もなかったのに!」
帰宅して、夕飯の時間になり、家族で食卓について、ずっとずっと私の顔のホクロを残念そうに眺めては「顔にホクロが出来るなんて!」を繰り返していた。
「生まれたときから何もなかった綺麗な肌だったのに。今日突然出来たのよ!そのホクロ!汚れかと思ったのに、擦っても取れないの!」
私は生まれた時、顔にはホクロもそばかすも何もなかったらしい。家族はその話題で何度も何度も笑った。私は鏡を覗かないと見えないそのホクロが、そんなに残念なものなのかと驚いて、4歳ながらなんだか悲しい気持ちだった。私の顔に今あるホクロはそれ一つではない、その後もいくつか目立つ場所に小さなホクロが出来る度に、その会話は繰り返され、汚れと思い込んで拭き取ろうとする母から「またホクロができた…」とがっかりされた。
親戚の前でも、初めてホクロが出来た日の話は何度も何度も披露され、何度も笑われてきた。
「お前の顔に、消えない汚れが一生残った」
そう、言われている気がしていた。ずっと、ずっと。普段は表に出さず何も考えないようにしているが、ふと思い出すことがあった。それでもこの顔の汚れと共に生きてきた、これが私だ、そう思いたかった。思うようにしてきたから大丈夫だったはずなのに。
泣きながら「ありがとう、見つけてくれて。ありがとう。」としか、言えなかった。
彼は私の涙を手で拭いながら、最初に出来た口元のホクロを触っていた。
『貴方の顔を思い出す時、いつものこのホクロの事が真っ先にイメージに出てくるんだよ。まだ貴方をよく知らない頃、街で貴方に似た人を見かけたことが何度かあって、このホクロがあるかどうかいつも確かめていたよ。これはとても良いものだよ。』
彼は愛おしそうに、ホクロを指で撫でたりしていた。その顔を今も覚えている。
※創作なのでフィクションです。
彼は愛おしそうに、ホクロを指で撫でたりしていた。その顔を今も覚えている。
※創作なのでフィクションです。
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