2017年6月4日日曜日

短編小説「形あるものはいつか壊れるから。」

「昔、付き合っていた人がね、後から振り返ると物凄い束縛野郎だった。いつも私の事を一番に考えてくれているのね!って、私も若かったから勘違いしてて。束縛する人と付き合うと最初は本当に『守らている』と誤解するんだよね。」

唐突に思い出した。まだ十代の頃だった自分の姿を。

「その、束縛野郎…って響きが下品だね。束縛君がね、事あるごとにアクセサリーをくれたりしたのよ。ネックレスとか指輪とか。当時は渋谷の道端で露天商がシルバーのアクセサリーなんか売ってて、安いのが簡単に買えたじゃない?そういう値段は高価ではないものなんだけど。あ、コーヒーもう1杯飲む?」

「飲む。」彼が空になったマグカップを差し出す。コーヒーサーバーからドリップした残りを注ぎながら、私はとりとめもなく話し続ける。



「プレゼントしてくれたアクセサリーを私が会う時に身に付けていると喜ぶんだけど、私その束縛君と5年も付き合ってたのよ。そしたらやがて『身に付けていて当たり前』から『常に身に付けて俺の存在を示せ』に変わってって、そのうち『なぜ身に付けないんだ』って不機嫌になるレベルになっていって。これは本当に、面倒くさくてたまらなかった。今の自分ならタンカ切って大喧嘩してる。」

彼は少し笑った。

「ある年のクリスマスに、ネックレスを貰ったんだけど。背中に羽の生えた天使が、ジルコニアかなにかの石を持ってるようなデザインのネックレス。あなた知ってるでしょう、私が神様とか一切信じてないの。昔からそうだったから、正直なんだこれ!フランダースの犬か!!と思ってたんだけど、束縛君が『俺が選んできたこのデザイン最高だろう、さぁ喜べ!』みたいな顔して目の前に居るから、私は喜ばなくてはならない。だから頑張ったのよ、きゃーありがとう!うれしい!かわいい!超がんばった。本当に十代ってバカ。『わーすご~い。フランダースの犬の最終回みたいだね~。ネロ死んじゃう~。』ってどうして正直な気持ちを打ち明けなかったんだろう!」

「ふふふふ。」彼は声を出して笑う。

「貰って1か月後くらいかな。束縛君の車で出かけてたら、暖房効き過ぎてて暑かったから、私はその時着ていたハイネックのセーターを脱いでしまおうと。車が赤信号で長めに止まっている時に、シートベルト外して急いでセーター脱いだの。そしたら私、その日はセーターの上から、その天使のネックレスをつけていた事をすっかり忘れていて。慌てて脱いだから勢いよくブチッ!!!!!!って、本当に音を立ててチェーンが切れて、天使がどこかに飛んで行っちゃった。さすが天使だよね、羽根生えてるから。気が向いたら天国まで飛ぶよねきっと。」

少し温くなったコーヒーを飲みながら、彼はずっと笑った目をして相槌を打つ。

「そしたらもうね、束縛君が運転席でハンドル掴みながら『アーーーーーッ!!!!!』って絶叫してね。しばらく車走らせてから路肩に停車させて。もう凄い怒りよう。でもね、その最高に怒った時の台詞が『俺が渋谷の東急ハンズで一生懸命選んで買ったのに!!!1万円くらいしたのに!!なんでお前はそうやって人の気持ちを大事に扱わないんだ!!!!!!!!!』だった。」

「…えっ。東急ハンズってアクセサリー売ってるの?」

「渋谷の本店なら売ってたみたいだよ。今は知らない、もう15~16年前の話。」

「彼女にクリスマスにプレゼントするアクセサリーって、俺もそんな機会が今まで殆ど無くて詳しくは無いけど、例えば4℃とかティファニーとか、そういうお店で買うんじゃないの。東急ハンズで買ったとしても、そこを強調するのは…あれ?その彼の話って前にも聞いたけど、凄く年上だったよね?」

「そう、わりと年上。当時もう社会人だった。」

「そうかぁ。」

これが昭和の漫画の1コマなら、背景にトホホなどの文字が躍るであろう、そんな顔でまた彼は笑う。私は彼の眼尻にできる、笑いじわが好きだ。

「車の中に飛んで行った天使のネックレスを、私は本当に泣きながら探したのよ。助手席の下あたりのシートとシフトレバーの隙間あたりだったかな。割とすぐに見つかった。チェーンなんて3分割になってたから、私はためらいなく凄い勢いでぶっ千切ったみたい。目の前で束縛君が激怒してるから、泣きながら謝って、チェーンは新しく自分で買って。直ってからホッとしたけど、でも私はこれをこれからも身に着け続けて行かないと、この人は不機嫌になるんだと思ったら恐ろしくて仕方なかった。それ以来なんだよね、人様から形の残るプレゼントを貰うのが嫌になったのは。私何であんな人と5年も付き合ったのか、今になると人生無駄にしたかも?くらい思ってしまう。」

「大変だったね。辛かったね。」

「ありがとう。そう言ってもらえると少し救われる。だから私は、もしもプレゼントを貰うなら、美味しい漬物が欲しい。ご飯と一緒に美味しく食べるよ。」

「実用的過ぎる。」

「仕方ないよ、形あるものはいつか壊れるんだから。貰った瞬間に壊れる時のことを考えて苦しくなるくらいなら、全部食べてしまって自分の血と肉に変えてしまった方がずっといい。」

彼は私を見て、とても楽しそうに笑った。ああ、この顔が声が好きだ。

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その日、突然差し出されたのは、なんとネックレスだった。目の前のテーブルには小さく光り輝くスワロフスキー。

「えっ、と。あ、あの。嬉しいのだけれど。前に話した…よね?」

「あ、漬物もあるよ。ほら、こっちの包みは漬物セット。こないだ出張で京都いったから色々買ってきた。アクセサリーはオマケ。」

「あっ!ちりめん山椒だ!大好き!っていうか、オマケかよ。オマケにしては、これは。」

うろたえる私の言葉を遮るように、彼は言う。

「千切っても壊しても無くしてもいいよ。これはオマケだから。あなた、最近よくこれと似たピアス付けていてとても似合っているから、その姿を思い出してしまって。似たようなデザインなら使いやすかと、俺なりに考えてしまったんだけれど。迷惑だったらごめん。」

彼はまた目尻に笑いじわを作って、話し続ける。

「なんだかこれを話すのは、高校生みたいで恥ずかしいけれど。一人で居る時に、そうやってあなたの事を思い出すのは、俺はとても楽しい。勝手にものを選ぶのも迷惑かもしれないと思いつつ、俺の頭の中に想像してしまった、これを身に付けているあなたの姿を。俺はどうしても現実で見てみたかった。一度その姿を見ることが出来たら、俺は満足してしまうから、別にずっと使い続けなくてもいい。もしもどうしても、受け入れられなかったら返品してくる。他人にあげてしまってもいい。その程度のものだから。これを受け取る自由も、受け取った後にどう使うかの自由も、あなたに委ねる。俺はもう、これを迷って選んで買った時にあなたの事を考えて幸福を味わったから、もうこれ以上はいいんだ。」

そのギラギラと輝くオマケは、蛍光灯の下でもギラギラと鋭い輝きを放っている。

「厄落としの失せ物、という言い方が昔からあるでしょう。物を失くしたり、壊したりした時には、本来自分の身に降りかかるはずの災難をそのものが代わりに受けてくれたという考え方。あれはとても、自分勝手で素晴らしいと俺は思う。大事なものを失くしてしまった罪悪感を一気に幸福感に引き上げるんだ。自分を責めなくて済む。もしこのオマケがなくなったり壊れたりしたら、そういうことだ。俺はあなたと日々の平和を喜ぼう。ところで俺もこの美味しい漬物を食いたい。今から米を炊いていいですか。台所を借りるよ。」

呆然としている私の前で、彼はニッコリ笑って立ち上がると、台所で勝手に米をとぎ始めた。

私はもう十代ではなくて、嫌な事は嫌と言えてしまう年齢になってしまったのだけれど。これは嫌じゃないかな、と思ってオマケのネックレスにそっと手を伸ばした。

私がこの輝くオマケを身に付ける日は、きっと彼の目尻の笑いじわを思い出して、少しだけ似てきてしまった笑い方で「ふふふ」と笑うのだろう。


※創作なのでフィクションです。

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